こんにちは。吹雪です。
皆さんは、自分が持っている知識が本当に正しいかどうか、信じていることが本当なのかどうか、不安になることってありますか?
私はたまに、あくまで自分がきちんと判断したものであって盲信なんてしていないって思っていることこそが盲信なのではないか?と途轍もなく不安になるときがあります。
目次
真実または事実だけが知りたい
私は、この世界の、真実だけ又は事実だけを知ることができたらいいのにな、と常々思っています。
日常で流れてくる様々な情報を見て、あっちではこう言ってるのに、こっちではそれを否定することを言っていたりすると、どちらが真実なのかはっきりさせる基準が私の中に無い場合、とてもイライラします。
それは、自分の言いたいことが正しいと見せるために、事実とは言い切れないことを根拠にしたりする人に対してのものだったりしますが、最終的には自分の無知に矛先が向かいます。
世の中の全てを、一切の勘違いなく把握できたら、その上に成り立つ思考は全て建設的なものになるだろうに。
そんな、バカ丸出しなことを時々どうしようもなく考えるのです。
要は、惑わされたくないなら勉強しろよってことなんですけど。
盲目的に信じている状態なのかどうかの判断の難しさ
ある年の忘年会で、とある方と長く話す機会があったのですが、その際に食事は大体一日1食だということをお伝えしたら、
「何かの宗教にでも入っているの?」
と言われました。
軽く衝撃でした。
ダイエットしてるの?ぐらいは言われると思っていましたが、まさかの宗教扱い。
この方にとって、一日の食事回数が複数回ではない人は、そういう教えがある宗教に入っているという認識なのか。
自分の常識から逸している行動をとる人を、そういう風に認識する人もいるのだと初めて実感しました。
私が一日1食になったのは糖質制限を続けた結果であって、糖質制限自体に食事回数の規定は特にありませんが、この方の言葉を借りるならば、さしずめ糖質制限という宗教に入っているということになるのだろうか。
宗教ということは…つまりは糖質の摂取は体に悪いということを信仰しているということか。
なるほど確かに、現在の自分はそう思っていることに間違いはない。
けれど、それはきちんと理屈を理解した上でのことであって…と、そこまで考えてふと思ったのです。
洗脳とかされてる人も、洗脳されてるって自覚してないからこんな感じに思ってるかもしれない、と。
正しいと思ってはいるけれど
このブログでも時々書いているように、私は糖質制限を比較的長く行っています。
それは、巷で流行っているようなダイエットという意味合いではなく、人間の本来あるべき食事の摂り方だと思っているからです。
根拠は、簡単に言えば、人類のこれまでの長い歴史の中で、穀物中心の食生活になったのは極々最近であり、その変化に身体は追いついていない…とか、きちんと説明しようすると色々本などを引っ張り出さないといけないのですが、私が問われて今ぱっと出てくる理由はこの程度です。
どうしてきちんと説明できないかというと、私の場合、一度納得すると、その理屈の上に成り立っている事実のみを記憶に残す傾向があるからなのですが…。
まあつまり、私の中にあるのはその程度の知識なんです。
勿論、この情報に対して信憑性があると思う他の情報を得た上での判断ですが、それも私の中にある知識ではなく、本からのものです。
そしてその本の情報は、その本を書かれた方が発信したもので、その情報が正しいと思うかどうかは、書かれた方を私が信用するかどうかにかかっています。
私は、湿潤療法の本を書かれた夏井先生も、糖質制限の本を書かれた江部先生も、有り体に言えば、信じています。
同時に、未だに消毒することを推奨している人や、糖質制限に否定的又は一部異なったことを言っている人が言っていることは基本的に本当のことだとは受け取りません。
私の認識としては、受け取った情報と自分の中にある正しいと思っている情報を照らし合わせて、得るべきものかどうかをきちんと判断しているつもりです。
けれど、以前の、マクロビオティックやオーガニックが健康に良いと考えていた時の私だったら、糖質制限を否定する意見の方を持ち上げるだろうなとも思うのです。
現に、湿潤療法を知る前(常識が真実とは限らないと知る前)に一度炭水化物抜きダイエットが流行ったときは、そんなの健康に良いわけがない、きちんとご飯又は玄米や雑穀米などを3食食べるべきだと思っていたのを覚えています。
その時も勿論、自分が正しいと思っていました。
知識が更新されてもそれが正しいか確認できない
じゃあ、実際にそれが正しいのかどうか、自分で確認すればいいじゃないかって話になりますし、糖質制限や湿潤療法に関しては正に自分の身体で試してるんですけど、それ以外の知識って、事実確認が難しいんですよね。
その新しい知識が自分では再現不可能だったり、それ自体が遠く離れたところの情報だったりすると、それが事実かどうかの確認ができるような伝手なんて私は持ってないし、それに関わる根底からの知識だって持ってない。
自分の判断基準にしている知識だって、元々は学校などで得たもので、それが本当に正しいかどうかって言われるとちょっと不安になるレベルです。
だって、私の時代の学校の保健の教科書には消毒大事!ってきっと書いてあったし(笑)
(湿潤療法は、端的に言うと傷を消毒して乾燥させるのはよくないという考え方です)
だから、結局は信じている人が言ったり書いたりしていることをそのまま信じざるを得ないんですけど、できれば自分も確信を持って堂々と持っている知識を更新したいんです。
要は勉強しろよということ
まあ、生きていく中で一度も正しくない情報を信じたことがない人なんて多分いないし、正しくない情報が必ずしも悪いことしか運んでこないわけでもないとは思いますが、やっぱり正しい情報が得られるに越したことはないと思うのです。
じゃあどうしたらいいかって言うと、やっぱり自分で色々知って勉強するしかないんだろうなと思います。
学業という形も勿論ですが、正しいのかどうか分からない情報に沢山触れて、その中でひたすら辻褄合わせのように事実だと思うことを見つけていく。
そうやって、触れた情報を鵜呑みにしないように気をつけるしかないんだろうな、と思っています。
終わりに
何を当たり前なことを。と思った方もいらっしゃると思いますが、こう…何年経っても未だマイノリティなことを自己責任でしていると、唐突に不安になることってあるんですよ。
歌手になるという夢にしても、糖質制限という食事法にしても、確固たる未来が保証されているわけでもないことを掲げるって結構精神的に綱渡りなところがあって…。
まあ、結局は自分で望んで綱渡ってるんですけどね。
あと、今までの記事で湿潤療法のこと全然書いてないのに話の中にすごく出してしまっててすみません…。
いつか湿潤療法についても書きます!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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